チャーリーブラウンのアニメに出てくるライナスは、いつも毛布を持っていますよね! ライナスは、この毛布を手放すと心理的に不安になるのですが、実際これに良く似た場面を見る事があります。幼児が感触の良いフワフワのタオル、毛布、縫いぐるみ、帽子などに執着する時は、多くの場合、心理的理由があるのです。 例えばSちゃん3歳の場合、お父さんが難しい病気で長期にわたり入院したときのことです。Sちゃんにお父さんの厳しい状況をよーく説明したところ、Sちゃんはそれをしっかり理解し泣く事もなくお母さんと離れて過ごしました。一見Sちゃんは、何事も無いようにみんなと元気に過ごしていましたが、お迎えの時間になると(みんなのママは来ても、Sちゃんのママは迎えに来れない訳ですが)自分のバックからフワフワのバスタオルを出してきて、それに包まっていました。また、最近Kちゃん(3歳)に妹が生まれました。ママの関心を引くために泣いて困らせたこともあったKちゃんですが、この日はこのフワフワ帽子をかぶって笑顔で元気に頑張っていました。つまり、ちょっと無理をして それでも自分なりに精一杯頑張っているとき、幼児にはこんな現象が出て来るのです。 こんな時大切なのは、『コミュニティとサポート』です。昔は『ご近所』というものがあり、困っている時は、ご近所の皆さんが助けてくれたものですが、現代は意図的にこれに変わるコミュニティを作っていく必要があると私は思っています。積極的にママ友サークルを作りましょう。このママ友サークルに、育児が終わって暇にしているおばあちゃまなど入れる事ができたらならベストです。 さて、問題の『ライナスの心理』ですが、静かにしているからと言って見逃さないようにしましょう。子供たちの『寂しい気持ち』がこうしたフワフワグッズに執着するわけですから、こういう時私は、SちゃんやKちゃんを抱きしめたり、膝の上にのせて本を読んだりすることにしています。つまり、スキンシップが大切なわけです。 そして頼りになるのが『友達のサポート』です。乳幼児の頃から仲間と過ごして来た子供は『空気が読める』ようになります。友達の気持ちが解るのです。 だから特別な状況にある仲間の特別扱いも、決して『ずるい!』などとは思いません。そしてさりげなく仲間をサポートしてくれます。 暖かいコミュニティ、そして仲間と一緒に乳幼児期を過ごした子供は、強く人の痛みの解る優しい子供に育って行きます。

昨日1時間泣続けたKちゃん。保険福祉センターの方から、「こんなにギャーギャー泣くのは具合が悪いのかも知れないので、お母さんを呼んで下さい!」と言われました。しかし、私にとってはこの程度のギャーギャー泣きは日常茶飯事です。なので、もちろんお母さんは呼びませんでした。幼児には『脅し泣き』というのがあります。自動販売機の前でひっくり返って泣く子供ですね。『買わないともっと泣くぞ! もっと困らせるぞ!』という『泣き』です。これには絶対に負けてはなりません! それでは、何故Kちゃんはこの『ギャーギャー泣き作戦』を強行したのでしょう? 実はKちゃんには最近妹が生まれたのです。当然ママは生まれたばかりの妹にかかりっきりです。しかし1週間前Kちゃんがインフルエンザにかかったため、このところ妹の方を向いていたお母さんが看病ということでKちゃんの方を向いてくれるようになったのです。そこでKちゃんは『そうか! 調子が悪いとママは自分の方を向いてくれるんだな!』と思ったのでしょう。さて、この『ギャーギャー泣き作戦』普通なら15分も泣けば諦めてくれるのですが、Kちゃんは15分無視されたぐらいではへこたれません。何故なら彼女は元プロボクサーの娘で、父親譲りの体力と持久力と根性があるのです(笑) これがなかなか手強い! 例えば、ある子供が突然この子をぶん殴った時のことです。その時Kちゃんはまだ1歳でしたが、驚いた事に、豪快に笑いながら前進したのです。『あんた、あたしが そんなことで、怖じ気づくとでも思ったの? やれるもんならもう一発やってみなさいよ!』そんな感じでしたね(笑) そんな超大物ですから、こちらも毅然とした態度を見せないとナメられてしまいます。  さてこんな『子供のギャーギャー泣き作戦』の対処法ですが、怒ってもダメ!叩くのはもっとダメ!!  諭そうなんて思って何か言っても無駄! ヒートアップしている子供に何を言っても聞こえません。  お菓子なんてあげてなだめたらそれこそ大変な結果になります。こんな時は、毅然とした態度で、静かにこの状況が過ぎるのを待つのです。しばらくするとKちゃんは何事もなかったように『積み木』を始めました。こちらの勝利ですね!(笑 ) さて、 大事なのはここからです。『やっと泣き止んだか!』なんてホッとして知らん顔していてはいけません。機嫌良くなったらすかさず声をかけます。これが『笑顔一杯の子供』を育てる秘訣です。つまり、『ギャーギャー泣くと無視されるけれど、ニコニコしているとこっちを向いてくれる。いいことがあるよ!』と学習させるのです。『泣きっ面に蜂』そして『笑う門には福来る』ということですね。 大人の対応一つで、子供は全く違う子供に変身します。そしてこんな素敵な笑顔に!      

2015  謹賀新年

January 6th, 2015

今年は、戦後70年という節目の年ですね。『戦争』という言葉で、私が真っ先に思い浮かべるのは、17歳の特攻隊員大石伍長が妹に送った遺書『静ちゃんへの手紙』です。http://youtu.be/nQ0AN524pF4 これを読んだなら、平和を祈らずにはいられません。そして、この節目の年に私が思うことは、父母、祖父母、先生がたへの『感謝の気持ち』です。  私の両親は大連で終戦を迎えました。その時父は16歳、母は15歳。私が少女時代に、母の口から度々飛び出す言葉と言えば『ボロは着てても心は錦』でした。戦争で何もかも失っても、『大和魂』そして『日本人の誇り』だけは失いたくないという両親の思いが、家庭教育の様々な場面で伝わってきました。「努力して修得したピアノの技術は、誰も私から取り上げることはできない」と言うのがピアニストの母の口癖でした。これは、終戦にロシアが不可侵条約を破り満州に攻め込んで来た時、全てを失って日本へと向かう帰還船の中で、17歳の母が思ったことです。 そして小学校の入学式の朝、父が私に言った言葉は「いいか、背筋をピーンと伸ばし、話をする先生の目を真っすぐに見ろ! 三歩下がって師の影を踏まず。」でした。これは間違いなく、戦前の教育だと私は思うのです。私の父は非常に穏やかな性格で、うるさい事はほとんど言わない人でしたが、人生の要所要所で大切な事を確実に子供たちに伝えて来たと思います。私が小学校で教科書を貰って帰って来ると、父はその内容を見て嘆きました。その数日後父は、宮沢賢治の詩と徳川家康の言葉が書かれた衝立を買ってきました。 雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ 小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ 北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ (宮沢賢治) 人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し。いそぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。こころに望おこらば、困窮したる時を思ひ出すべし。 堪忍は無事長久の基。いかりは敵とおもへ。勝事ばかりを知りてまくる事をしらざれば、害其身にいたる。おのれを責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるゆりまされり(徳川家康) 小学校に入学したら、このくらいのことは学んでほしい。戦前の教育は、これくらいのレベルだったと父は言いたかったのでしょう。  私が大学に入学したとき(私の専攻は数学でしたが)、当時『日数教』会長の松尾吉知先生が私たち学生に話したエピソードは、「終戦直後、私は息子の算数の授業を見て呆然とした。生徒が皆、歩き回っているのだ。何をしているのかと思えば、『買い物ごっこ』だという。戦前の日本なら、『鶴亀算』をやっているころだ。『敗戦で押し付けられたこの最悪の教育を、やすやすと受け入れる訳にはいかない!日本人の誇りをとりもどさなければ!!』と私は思ったよ。『平等』ということで、全員が同じ簡単なことをやる。意欲のある生徒に難しい事を教えようとすると『差別だ』という。差別とは何だ? 生徒は一人一人皆違うのに、全員同じ事をやる方が差別だろ! 君たちは、そう思わないか? しかし日本の算数と数学教育は、今や世界のトップレベルだ!」あの時の松尾先生の誇らしげな顔を忘れません。私たちが高校3年のころ使っていた『数学Ⅲ』の教科書の内容は素晴らしかったと思います。松尾先生のような気持ちの熱い先生がたがいて、あの時あの数学教育があったからこそ、日本人は今、ノーベル物理学賞が取れるのだと私は思うのです。「戦後日本は、憲法も教育も押し付けられ、アメリカに見事に解体された。」と嘆く人がいますが、確かにそうかもしれない… それでも戦後の日本人は、まんざら捨てたもんではないと私は思いたい。 人は押さえつけられれば押さえつけられるほど、『反発する力』が働くからです。その結果私たちは、実は見えないところで根を伸ばしてきたのだと。寒い冬に枯れ木が見えないところで根を伸ばすように。東日本大震災で、日本人の災害時にも取り乱す事の無い冷静な姿は、世界で高く評価されました。そして、小さなことかも知れませんが、私が住む瑞穂という街を、街中歩いてもゴミは一つも落ちていません。日本で財布を落とせば、必ずもどってきます。『負けるが勝ち!』今、日本人の民度は世界トップクラスです。また、『最近の若い者は…』と嘆く人がいますが、最近の若い人といえば、あのソチオリンピックの浅田真央ちゃんのフリーの演技には涙が出ました。http://youtu.be/5kGe6Sulrak 『いいぞ!やまとなでしこ。君は日本人の誇りだ!』と思いましたね! メダルなんかいらない。失敗しても、最後に日本中に感動を与える演技をしてくれればそれでいい。「ありがとう真央ちゃん」将に『負けるが勝ち!』。 敗戦から70年。私たちの父母、祖父母が築き上げて来たもを、しっかり受け継いでいきたい。百年後も二百年後も…  さて幼児教育についていえば、小学校入学式の朝、父が私に言った言葉を私は教室の子供たちに伝えています。それは『学ぶ態度』です。『人がお話しているときは、真っすぐに話している人の目を見ようね』これは、1歳から躾けられる教育の見えない石垣の一つです。 見て下さい! この子たちの可愛らしい姿を(笑)